読んだ『ふいに吹く風』(南木佳士 著、文芸春秋) [本・雑誌]

奥付をみると1991年の作品。
南木さんは、いまだパニック障害、うつ病を発症する前なのではないか。
これまで読んだエッセイとは文体が明らかに違う。

発症後のは、とても修飾語が多い文章。
表現力が豊かだともいえる。
ただ、私はこの『ふいに吹く風』のような簡素で素朴でストレートなエッセイのほうが好み。

<あとがき>にあるように、ひとつひとつのエッセイが短編小説であるかのような味わいがある。
ある種の自由さというのか、心が萎縮していないというか、萎縮という言葉が悪ければ凝固していないというか。結晶化されていないころというか。

生き生きとした生活の匂いのするエッセイ集とでもいうと、いちばん合っているのかもしれない。

タイトルの「ふいに吹く風」。
ふいに吹く風のように、人の命はうつろいやすい。
はかなさの象徴としての「ふいに吹く風」。

同じ風でも、書き手によってずいぶん違うものだ。
たしか、故多田富雄先生は、「何か良いことが起きるとき」「これまでとは変わったことが起きるとき」に「風を感じる」と書いていた。

こんなにも違うものか。

さて、<酒について>という一文がおもしろい。
「自分はおもしろい話をする人間だ、と自認する人が心得ておかなければならない最低条件というのがある。自分で蒔いた種は自分で刈れ。これにつきる。この条件を守れない者には物語作者になる資格はない。他人を笑い者にしたつけは、すべて自分が払わなければならないのである。それがいやなら、自分を笑い者にすればいいのである。」

「酒席という舞台にあがる前にもう一度自分の役を確認しておくといいのではかろうか、と最近しきりに思っている。」

南木さんというひとは、非常に座を盛り上げるタイプなのだろう。
看護師さんたち、若手の医師たちと一緒に、大笑いをしながら飲んでいる姿が眼に浮かぶ。

もちろん、ホラ話の名手としてw

私は大して飲めやしないのに、酒席は好きだ。
南木さんほどに「真剣」に酒席を過ごしたことのない代わり、「他人を笑い者に」する酒は好きではない。

たしかに、そういう人間は存在する。
笑い者にするためにその席に呼ぶ。
そんな人間は、たしかにいる。

それが分かってからというもの、そういう連中とは、飲まない。

ふと思う。
偏屈(そう)な南木さんではあるけれど、いちど酒を一緒に飲んでみたい。

<上州人と信州人>
上州の女性像。「世話好きであるが、でしゃばり。好奇心が強く、話し好き。好き嫌いが明確であるが、判断の基準に思想や論理はない。」

信州人。「情よりも理論が先に立つ風土はまさに日本の中のドイツである。病院の外来でも、医者の出す薬や病気のことを細かく質問する患者が多く、理屈で納得しない限り治療を受けない人が目立つ。」とのこと。

「いい加減の血」。漢字で書くと「良い加減」。
それが上州というものらしい。

誰しも自分のルーツというものを探したがるし、それこそが今の自分につながる、あるいは自分自身をつきつめていく作業なのだろう。
とりわけ作家にとって、その作業は必要な作業なのだろう。

わずか3歳で母親と死に別れ、祖母に育てられ、中学生になって再婚した父親と過ごす。
入れるはずの有名大学医学部に入れず地方の医学部に屈折した心を抱きつつ入学し医師になる。
さらに、毎月数枚の死亡診断書を書き、それが300枚に及ぼうとするときに精神疾患になる。

おそらくそれだけでも劇的な人生。
3歳から5歳、あるいは小学校低学年でもよいだろう。
その時間の母親の存在は、心のありようにどれだけの意味を持つか。
少なくとも、わが家ののぞみと清志郎と和子の関係を見ていると、あたりまえの自然な姿というものが、あれだったのだろうと感じる。

「あたりまえの自然な姿」

新聞を開けば、あるいはニュースを見れば、わが子の虐待事件。
とても正視できる報道ではない。
マスコミがニュースバリューがあるから報道するだけなのであって、これまで報道しなかっただけで。

自殺者が3万人を越えてすでに10年。
パキシルなる精神薬を飲む人が国内だけで100万人だとか。
刃が自分に向かうか、人に向かうか。
ただ、それだけの違い。

不思議なのは、向けられる対象がわが子であるということ。
私にはまったく理解できない。

よく聞くのは、幼児虐待を受けた人は同じことをしてしまう傾向にあるという。
誰しも、同じことをひとにしたいとは思うまい。
ましてわが子。

そこが精神疾患の精神疾患たるゆえんなのか。
私にとっては、その親の心の中は、「深い闇」でしかない。

【ちなみに】
もし南木佳士がパニック障害にもうつ病にも罹患していなかったとしたら
http://amoki-san.blog.so-net.ne.jp/2011-05-30
コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。