「脳の階級」なるもの [世の中]

筒井康隆のコラムについて書いているうちに、このまえ読んだ『そして殺人者は野に放たれる』(日垣隆)にあった記述(122〜123頁)を思い出したので、転記。

時は、日本の司法精神医学の黎明期。
明治時代。
東京帝国大学医学部の若き俊英、石田昇というひとが書いた『新撰精神病学』という本の記述が引用されている。

全人類を「脳の階級」に応じて11に分類するらしい。
(「全人類」と大上段に振りかぶるところが、大風呂敷ふうというか、いい加減というか)
第1階級 凡人
第2階級 敏才
第3階級 奇才
第4階級 天才
第5階級 変質者
第6階級 病的性格
第7階級 治癒すべき精神病者
第8階級 不治精神病者
第9階級 癲癇
第10階級 教化可能性精神薄弱
第11階級 教化不能性白痴

「当時のドイツ精神医学の最新の成果を過不足なく、しかも短期間の臨床体験を踏まえて完結に文章化している」とのこと。

興味深いのは、1〜4まで、レベルがどんどん上がって行くと思うと、一気に5からおかしくなっていくこと。

さらに、4と5。
それぞれの「階級」の差というのは、どれくらいあるのだろう?
この4と5の境目から「病気」と「正常」が区分されるということか。
あるいは、「天才」ってのは、どっちかというと、「アブナイ」系に近いということ?
でも、てんかん患者というのは、あのころ、そういうふうにみられていたわけね。
ヒドいもんだと思うが、まあ、しょせん明治時代。

それにしても、傲慢というか素朴というか、適当というか。
分類したからどうだっていうの? というところだが、よくぞまあ、こんな分類を「創造」したもんだと感心してしまう。マトモだとは思えない。大真面目にやっているところが、怖い。

著者である石田昇がこの書物を書いたのは29歳のときだという。
「当時の日本の精神医学を背負って立つ若きトップランナー」だったとのこと。

ちなみに、石田はジョンズ・ホプキンス大学医学部精神科に留学し、次第に幻聴や妄想が現れ、看護婦長が自分に恋をしていると妄想し、横恋慕していると思えた医師を射殺したという。
(この「ジョンズ・ホプキンス大学」といえば、例の『ブレンダと呼ばれた少年』の舞台となったところじゃないか。行ったところが悪かったのか?http://amoki-san.blog.so-net.ne.jp/2009-09-06-1

まさに、「秀才」と「犯罪者」は紙一重というか、グラデーションというのか分からないが、まあ大変なことをしでかした。いや、病気が犯罪を犯させたのだけれど。

結局、石田は精神分裂病との診断で刑は執行停止。帰国後、松沢病院にて生涯を閉じたとのこと。

もういちど1から11を眺めてみる。
やはり、分界点は、1〜3と4以降にあるんじゃないか、という気もするが。
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